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2015年6月 9日 (火)

NIジャパン英語版<2015年6月号> 原理主義:その権力、政治、魅惑

ニュー・インターナショナリスト・マガジン最新号の案内メルマガを紹介します。

嫌悪感の教育、安い食品の裏側、マラリアの特効薬。
本文が気になりますね。

下記引用

◆NIジャパン メールマガジン◆ 第152号 2015.6.2

【1】ニュー・インターナショナリスト・マガジン
最新号<2015年6月号> 英語版
Fundamentalism: Power, politics and persuasion
(原理主義:その権力、政治、魅惑)

※7/8月合併号はThe transgender revolution
(トランス・ジェンダーの革命)

【2】NIオンラインリポート
1)シーフードの奴隷
2)マラリア予防への希望
3)使い捨て買物袋の有料化
4)ジョニー・スカラマンガが受けた誤った教育

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【1】最新号<2015年6月号> 英語版
Fundamentalism: Power, politics and persuasion
(原理主義:その権力、政治、魅惑)
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抑圧的な思想が争いと荒廃しかもたらさないとしたら、
人々はそのどこに引かれるのだろうか? 今月のNew
Internationalistでは、血塗られた出来事の裏側を探
り、原理主義思想の政治的動機を解明する。今回は、
社会に根を張った原理主義者が市民社会の活動を阻害
するパキスタンや、急増した強硬派が政治的利益のた
めに揺さぶりをかけているインドからの報告も含む。
また、原理主義に基づく学校で起こっている知性への
破壊行為を実際に経験した人の証言と、米国のキリス
ト教右派がアフリカで広める同性愛嫌悪の宣伝手法に
関しても報告する。

http://www.ni-japan.com/webold/toc483.htm

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【2-1】NIオンラインリポート
シーフードの奴隷
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エンバイロメント・ジャスティス財団(EJF)が新た
に発表した身の毛もよだつ報告書「海賊船と奴隷」は、
タイにおける魚の乱獲が海洋生態系崩壊と人身取引
(人身売買)増加の原因となっていることを暴いた。

水産資源の枯渇と、欧米の消費者からの安いシーフー
ドに対する貪欲な需要が、タイの奴隷労働を激増させ
ている。漁船の操業時間は長くなり、漁獲が減少する
中でより遠くへ漁に出るようになり、収入向上と低賃
金漁船員確保のためには人身取引ネットワークが利用
されている。

移民は船上でとらわれの身となり、無給で、あるいは
受け取れたとしてもほんのわずかな賃金で数年間にわ
たり働くことを強いられる。暴力は日常茶飯事である。
「私の同僚が海に落ちました」とある被害者は語る。
「そのまま仕事を続けるように命じられ、彼を助けに
いくことは許されませんでした。そして、彼はおぼれ
て死にました」

水産業界が持続可能なレベルの管理を行えば、タイ経
済への貢献はもっと大きなものになるだろう。それに
は何が欠けているのか? EJFは、この21世紀で最も
ひどい社会的、生態系的、経済的な犯罪に立ち向かう
ための政治的意思が、政府、産業界、小売業界に見ら
れないと主張している。

ジェス・ワース

※2015年6月号NI483 p9
「Seafood slaves」の翻訳です。

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【2-2】NIオンラインリポート
マラリア予防への希望
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あとわずか数カ月で、マラリアに有効なワクチンが開
発されるかもしれない。このワクチンは、18カ月から
5歳の子どもへの臨床試験では、75%にその効果が認
められた。現在マラリアは、ワクチンが存在せず、依
然として世界で最も致死的な病気のひとつである。サ
ハラ以南のアフリカ諸国では、毎年40万人以上の子ど
もたちが死亡している。必要とするすべての人がこの
ワクチンを入手できるようになるのかは、開発元の巨
大製薬企業、グラクソ・スミスクライン次第である。

※2015年6月号NI483 p9「Malaria hope」の翻訳です。

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【2-3】NIオンラインリポート
使い捨て買物袋の有料化
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2014年スコットランドでは、持ち帰りに使うすべての
プラスチック製の袋に対し、1枚当たり5ペンス(7セ
ント)[訳注:約8.5円]の徴収を開始。それ以来、
使用料は80%減少した。これは、それぞれ2011年と
2013年に同様の措置をとったウェールズと北アイルラ
ンドと同レベルの効果だ。イングランドでは、今年10
月から措置が導入される。

訳注:厳密には、プラスチック製の袋だけでなく、紙
製も含む小売店で配布されるすべての使い捨ての袋
(single-use carrier bags)が対象となっている。
http://carrierbagchargescotland.org.uk

※2015年6月号NI483 p9「Banned bags」の翻訳です。

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【2-4】NIオンラインリポート
ジョニー・スカラマンガが受けた誤った教育
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原理主義者の学校教育の揺るぎない確信は、いかにし
てジョニーの思考を閉じ込めてしまったのか。

15歳の時、私は自分の正しさを疑わなかった。この世
界は6000年前に始まり、私は全能の神と個人的な結び
つきを持っていた。そして、セクシュアリティから経
済や文学まで、私は幅広い物事に関して神の教えを知
っていた。私に対して誰が反論や反証をしようとも、
ほとんどの場合それを無視した。私が彼らを議論で打
ち負かしたり、彼らに説明できるかどうかは関係ない。
私は神の言葉を知っており、彼らが間違っているのは
疑う余地のないことだった。

私が通っていたキリスト教系学校の先生たちは、私の
かたくなな態度を成功としてとらえていた。原理主義
者にとって、信仰は揺るぎないものである。ただそれ
は、私や私の原理主義者の友人たちが疑念を抱かなか
ったという意味ではない。疑念を抱いたこともあった。
しかし私たちにとって疑念とは、私たちを神から引き
離すべく悪魔が差し向ける誘惑であり、乗り越えるも
のである。疑念への最良の対処方法は、祈ることだっ
た。

原理主義には、ほとんどの教育概念からすればおかし
な特徴が3つある。一つ目は、確信を強く求めること。
二つ目は、排他性。これには、豊かで実り多き人生を
送る唯一の道が原理主義で、ほかに道はないという認
識も含まれる。原理主義を信じない者たちが、自分た
ちの人生は楽しいと主張したとしても、それはたわ言
であり、永久の破滅に行き着くということだ。三つ目
が、この地獄を信じるという考え方だ。これは、より
極端な行動へと人々を向かわせる。もし、神の意志が
周知のものであれば、それを疑うことには何の利点も
ない。せいぜい、すでに知られていることを自分の中
で確認するか、あるいは何かするとしても、破滅に導
く疑念をののしることくらいである。

英国の私立学校基準では、政治的に対抗し合う考え方
をバランスよく生徒に示すことが求められている。こ
の基準を作った人々には、これは問題のない要求だと
見えたようだ。政治とは何かと言えば、許容可能な複
数の見方の存在について取り上げるものである。そし
て適切な教育とは、政治での異なる主張を子どもたち
が理解し、検討し、妥当な場合には理にかなった意見
を持てるよう手助けするものでなければならない。だ
がこれは、原理主義者からは嫌忌される考え方だ。彼
らは、感覚や好みである程度の違いがあることは認め
るが、彼らには神の言葉として示されている偉大な法
典の存在がある。その点から見れば、たとえば中絶、
同性婚、あるいは大麻への賛成意見は、罪を支持する
ものだと受け止められるだろう。私が学んだ米国の原
理主義者のカリキュラム、アクセレレイテッド・クリ
スチャン・エドュケーションは、多様な信仰を「無防
備露出の原則」と考えるよう促していた。それには次
のような主張も含まれる。

「公共の教育制度は、人間中心に考える無防備露出の
原則に従うことで、きちんと読み書きができない多く
の子どもたちを生み出している。さらには、より多く
の子どもたちの間にさまざまな事柄による中毒が広が
り、実際に数百万という子どもたちが、清く、平和で、
喜びあふれる生活をもたらすことが可能になるであろ
う確固としたキリスト教の価値観を持てないでいる」

自由で民主的な社会にとって、価値観同士の衝突は問
題を引き起こす。親は、自分たちの価値観に沿って子
どもが受ける教育を選ぶ権利がある。しかし教育には、
異なる信仰や価値観を持つ人々への敬意と寛容といっ
た価値観が含まれなければならない。だが、これらの
必要条件がぶつかり合った時、そこでは何が起こるの
だろうか?

原理主義者的な信仰を持つ多くの人々にとって宗教と
は、豊かで実り多き生活を送ることを可能にする土台
である。しかし私は、原理主義に従って人生を満足に
送ることは不可能だった。私が受けた教育は、幸福を
追求する権利を私から奪ったのである。10代のころ、
私は自殺願望と闘っていた。それはつまり、私の以前
の「教師たち」から見れば、確信を持てず学校に対し
て批判的だということで、彼らの価値観を持てない人
間であるということだ。

結局、両親は私の状況を非常に心配し、一般の学校に
転校させた。だが、そこでのカルチャーショックはす
さまじいものがあった。私は、非キリスト教徒は不道
徳的だと教えられていたが、まさにその通りだった。
そしてその後、自分が間違っているのかもしれないと
考えられるようになるまでに、4年を要した。現在、
原理主義者の学校教育は、依然として教育の一形態と
考えられている。だがそれは、知力の破壊行為と見な
すのが妥当ではないだろうか。

by ジョニー・スカラマンガ
ロンドン大学教育研究所博士課程にて、原理主義学校
における生徒の経験について研究している。

※2015年6月号NI483 p21
「The miseducation of Jonny Scaramanga」の翻訳です。

以上、引用紹介終り。

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